<   2006年 09月 ( 28 )   > この月の画像一覧

丽君新照奉上!!

http://blog.sina.com.cn/u/489460f9010006w7
2006-09-25 15:35:41

(訳)
「麗君が新しい写真を献上します!!
すみませんね。前の文章で、皆さんに(私の投稿であることを)当てさせようとは私は決して思わなかったの。ほほほ。ちょっと油断し.............(名前を書き)忘れた。へへへ」

なお、( )内は訳す上で私が補足した言葉です。

前の「随笔」という投稿文(http://blog.sina.com.cn/u/489460f9010006uh)はやはり詹麗君さんの投稿でした。それにしても名前の書き忘れが多い人です(笑)。SDBBBSでは自分のHNで登録してありますので、投稿する時は必ず自分のHNが自動的に書かれますが、それに慣れていると、女子十二楽坊のBLOGでは勝手が違うようですね。それに女子十二楽坊のBLOGはメンバー全員で同じIDを使っているようですから特殊ではあります。

写真データ 
一枚目 撮影日時,2006-09-21 12:35:24

二枚目 撮影日時,2006-09-21 12:34:24

三枚目 撮影日時,2006-09-21 12:22:54

詹麗君さんの新髪型の写真を掲載してくれました。女性は髪形を変えるとイメージが随分変わりますねぇ。とてもチャーミングだと思います。ただ私は以前の髪型の詹麗君さんが懐かしい気もしますが、前から詹麗君さんは髪型を変えたかったのかも知れませんね。
ちなみに詹麗君さんは前にBLOGで次のように書いていました。
http://blogs.yahoo.co.jp/yoshi_miracle/3884849.html
今回はヘアーリストさんの同意があったのかな、それとも同意は必要なかったのかな?髪型に関しては以前のようにうるさくなくなったか?アメリカ公演ツアーも未定のようですし・・・
[PR]
by yoshi_miracle | 2006-09-26 20:31 | (中国版)女子十二乐坊的BLOG

随笔

http://blog.sina.com.cn/u/489460f9010006uh
随笔
2006-09-21 11:59:01

(意訳)
「随筆
昨日帰って来たばかりです。今日は会社のインタビューに引っ張られて来た!ハハハ。ちょうどここでBLOGを書くことができる。皆さんとちょと四方山話します。今年の秋の気候は非常に心地よく感じる。記憶中にはもうたくさんの秋があるが北京で過ごしたことは無かったようだ・・・・最近お母さんがずっと北京で私に付き添っている。毎日私にとても多くの美味しいものを作ってくれる。しかしどうして毎回私に会うと私は痩せたと言う人がいるの。私は思うんです、私がこの髪型を変えたからですか?あなた達は私の髪型がどのようなものか当ててみることができますか?ハハハ!!」

今回のBLOGへの投稿は写真も、女子十二楽坊の投稿者の名前も無い。誰が書いたのか推理するしかない。
「痩せた」「髪型を変えた」ということで思いつくのは仲宝さん。
ただ、投稿者名をよく書き忘れるのは詹麗君さん。中文で先日「哈哈」を多用したのは詹麗君さん。(ただよく使うのは“呵呵”)。以前会社に出てその機会を利用して書いたことがあるのも詹麗君さん。私は中文の特徴から詹麗君さんのような気がしている。コメント欄に詹麗君さんの熱烈なファンである新加坡派さんが出て来て一番に書いていることからも詹麗君さんの投稿である可能性はあると思う。
「最近お母さんがずっと北京で私に付き添っている」と書いているので北京出身の楊松梅さんが思い浮かぶかも知れないが、しかし、ここでの意味は「お母さんが(田舎から)出て来て私にずっと付き添っている」という意味だと思う。既に北京に住んでいる人のことを言っているのでは無いと思う。これに関してはコメントで笨笨さんも指摘している。だから楊松梅さんの投稿では無いと思う。
[PR]
by yoshi_miracle | 2006-09-21 20:41 | (中国版)女子十二乐坊的BLOG

プラハの喝采

9月20日(水)の「毎日モーツァルト」

交響曲第38番 ニ長調 「プラハ」 K.504 1786年 モーツァルト 30歳の時の作品

ゲストは羽田健太郎(ピアニスト、作曲家)
「モーツァルトについて--
モーツァルトの場合は泉の水が溢れるが如く、次から次へと彼の頭の中にというか心の中にフレーズが生まれて来たんですね。私なんかは新しい曲を書こうと思うと捻り鉢巻き、もう本当に産みの苦しみっていうか、うんうん唸ってメロディーを作り出すんですけども、モーツァルトはもう考えるその瞬間瞬間に色んなフレーズが出て来て、楽譜に書き留めるだけが作曲、彼の作業だったと思うんですね。
『交響曲第38番について』
1楽章がしっかり食べる朝ごはん、2楽章は麺類で済ますお昼。3楽章がしっかりディナーになっちゃってるからプラハの場合は。ディナーの後に夜食ってっていうと too much 栄養過多になっちゃう。だから(1楽章は)しっかりした朝ごはん、しっかり食べる一日の始まりの朝ごはん。2楽章は麺類。そこにメヌエットのような3時のおやつがあると、やはり一日終わって、仕事が終わって今日は一杯飲みながらディナーだっていう第4楽章が来るんですけど、プラハの場合にはおやつが無くて、3時のところで早夕飯になっちゃってるから。でもそれで夜中になってもお腹が減るっていうことが無いですね。このプラハを聴いている限りではね。充実した3食」

1787年1月 プラハを訪れていたモーツァルト。自ら指揮したオペラ「フィガロの結婚」で大喝采を受けた。それに先立ちモーツァルトはプラハの人々の為に一つの演奏会を催した。1月19日プラハの国立劇場(スタボフスケー劇場)演奏会当日、会場は多くのプラハ市民で埋め尽くされた。モーツァルアトはプラハの人々を前にある交響曲を披露したという。その曲は後に「プラハ」と呼ばれ広く親しまれることになる。

演奏
交響曲第38番 ニ長調 「プラハ」 K.504 第2楽章より 及び 第3楽章
 指揮 ジェフリー・テイト
 演奏 イギリス室内管弦楽団

モーツァルトはプラハの人々からの絶大な賛辞を受けた。演奏会にはプラハでかつてないほどの聴衆が押しかけた。モーツァルト自ら指揮をした。
交響曲第38番はこの演奏会で初演されたといわれる。第3楽章では管弦楽の織り成す高らかで軽快な演奏が繰り広げられる。演奏会ではモーツァルト自らフォルテピアノの演奏も披露した。聴衆からの熱狂的な拍手に応えるモーツァルト。
突然客席から大きな声が響いた。それはオペラ「フィガロの結婚」の曲をリクエストするものだった。モーツァルトはそれに応え、アリア「もう飛ぶまいぞ この蝶々」の変奏曲を即興で演奏した。30分にも及んだという即興演奏にプラハの聴衆は酔いしれた。
“モーツァルト氏は国立劇場でフォルテピアノによる演奏会催した。この偉大な芸術家に聴衆の心は完全に満たされた”  (1787年 1月23日付け 地元新聞)
この演奏会は即興的に大きな成功を収め、モーツァルトに大きな収入をもたらした。モーツァルトのプラハでの初めての演奏会は大喝采のうちに幕を閉じた。
[PR]
by yoshi_miracle | 2006-09-21 20:33 | モーツァルト

「プラハ」

9月19日(火)の「毎日モーツァルト」

交響曲第38番 ニ長調 「プラハ」 K.504 1786年 モーツァルト 30歳の時の作品

ゲストは久石譲(作曲家)
「モーツァルトの音楽について--
構造が非常によく見える音楽なんで、まあ色んな意味でのクラシックのシンボルみたいな存在。もっと言っちゃうとね、例えば、これはコンサートでモーツァルトを演奏するっていうのは大変なことだと思います。何故なら非常にその正確な技術だったりとか、そういう表現がロマン派の音楽だとある程度情緒に頼ってでも盛り上げたり色々できるけど、モーツァルトはそれやっちゃ・・、できないですからね。そういう意味でも本当にエッセンスだけで出来てる様な、シンプルな、だから力強い、そういう音楽だと思いますね。
『交響曲第38番について』
普通シンフォニーって4楽章あるじゃないですか。この曲って3楽章しかないんですね。3つしか無くて、その割にはイントロがね、いわゆる前奏ですよね、3分弱ぐらいあるんですよ。で、そんなに長いのは無いんですね、普通で。そうすると、41曲こういうシンフォニー作って来ているのに、何故かこの曲だけ異質な存在であって、逆になんか最もモーツァルト的な交響曲って気がするんですね」

1786年10月 モーツァルト 30歳。三男を突然の死で失い、悲しみにくれる日々が続いていた。そんなモーツァルトのもとへプラハから一通の招待状が届く。オペラ「フィガロの結婚」がプラハで空前の人気を得ていた。その為、モーツァルトをプラハへ招きたいというものだった。
1787年1月プラハからの誘いを快諾したモーツァルトは妻コンスタンツェを伴いウィーンを発つ。ボヘミアのこと、プラハへの想いを馳せるモーツァルト。それは夫婦にとって久しぶりの心休まる旅行となった。

演奏
交響曲第38番 ニ長調 「プラハ」 K.504 第1楽章より
 指揮 ジェフリー・テイト
 演奏 イギリス室内管弦楽団

交響曲第38番はプラハ旅行中に初演されと言われ、「プラハ」の愛称でも親しまれている。
第1楽章のもつ独特の緊張感と感情の高まりはモーツァルトの交響曲が新たな境地に到達したことを感じさせる。
[PR]
by yoshi_miracle | 2006-09-20 21:54 | モーツァルト

喜びと悲しみ

9月18日(月)の「毎日モーツァルト」

ピアノ協奏曲第25番 ハ長調 K.503 1786年 モーツァルト 30歳の時の作品

ゲストはピーター・バラカン(ブロードキャスター)
「『ピアノ協奏曲第25番について』--
ピアノ協奏曲となると、モーツァルトが作ったものはどれもある程度の共通点はあるんでしょうね。彼の時代はカデンツァ(協奏曲などの即興的な独奏部分)というのは、本当は即興で弾くものだったそうなんですけど、その雰囲気がすごくね、僕は好きですね。その自由な要素がまだクラシックに残っていたというのはとても魅力的なもので、本当はね今の時代も、そういう即興の要素を盛り込むと、なお魅力的だろうなと思いますけど、なかなかたぶん、今の演奏家にはそういったところは消えているんじゃないか、そういう気がしますね。
俺は俺の音楽を作り続けるぞっていう人は、そういう人ばかりでは勿論ありませんけど、でもそういう人がかなりいますし、僕なんかは聴き手として、よっぽどそっちの方が好きなんですね」


1786年 10月18日 モーツァルト一家に新たな家族が加わった。三男 ヨハン・トーマス・レオポルト。三男誕生の喜びに浸るモーツァルト。彼は尊敬する父、レオポルトの名を付けた。妻コンスタンツェ、二歳になった次男カール・トーマス。そして三男ヨハン・トーマス・レオポルト。愛する家族に囲まれて新たな生活が始まった。しかしそんな幸せも長くは続かなかった。
生後1か月の三男がけいれんを起こして急死。悲しみにくれるモーツァルト一家に見守られるなか、シュテファン大聖堂で葬儀がとり行われた。
ピアノ協奏曲第25番は三男の死からまもない1786年12月4日に完成。まるでモーツァルトの感情の起伏を映し出すかのように長調と短調が多彩な変化を見せる。
ピアノ協奏曲第25番は堂々とした響きと壮大な編成でスケールの大きな作品に仕上がっている。

演奏
ピアノ協奏曲第25番 ハ長調 K.503 第1楽章より
 ピアノ・指揮  ダニエル・バレンホイム
 管弦楽     イギリス室内管弦楽団


三男誕生の喜びもつかの間、訪れた突然の死。悲しみに打ちひしがれるなか、モーツァルトの作曲活動は続く。
[PR]
by yoshi_miracle | 2006-09-19 06:22 | モーツァルト

ホフマイスター

9月15日(金)の「毎日モーツァルト」

弦楽四重奏曲 第20番 二長調 K.499
「ホフマイスター」

ゲストは松田理奈(ヴァイオリニスト)
「よく言われるのは大人の雰囲気が出てからじゃないと弾けない曲とかよくありますけど、全くもってモーツァルトの場合は逆な気がしますね。子供の方が弾けたりするんじゃないですかね、モーツァルトの意思通りに。大人に成れば成る程、モーツァルトの意思通りに弾くのが難しくなるから色んな技術が必要になってくるのかなと思います。
『弦楽四重奏曲 第20番』
モーツァルトほど、この時期はこういう状況だったんだなといういのが見えてくる作曲家って他にはいるのかなと思うぐらい、かなり曲に反映している様に私は思うんです。ただ反映の仕方がちょっとひねくれていて、絶対に悲しかったっていう時も、敢えて明るい長調(Dur)を書いてみたりとか、曲をパッと見ただけでは分からないんですけども、色々聴いたりとか、もう一歩裏を読んだりとかすると、きっと明るいだけじゃないんだって思います」

1786年8月モーツァルトは知人の為に一つの曲に取り組んでいた。弦楽四重奏曲 第20番 通称「ホフマイスター」
ホフマイスター(フランツ・アントン・ホフマイスター)はモーツァルトとかねてから付き合いのあった出版業者だった。これまでホフマイスターはアマチュア演奏家向けの楽譜を出版しようと3曲の新作をモーツァルトに依頼していた。しかし完成したのは売り上げの見込めない、芸術的であまりにも難易度の高い曲だった。結局ホフマイスターは一曲だけでモーツァルトとの契約を破棄した。モーツァルトはホフマイスターとのかつての約束の代わりに弦楽四重奏曲に取り組んだという。完成したその曲は翌月、ホフマイスター社から出版され、モーツァルトの弦楽四重奏曲の中でも豊かな響きに溢れた傑作となった。
“この四重奏曲も燃えるような想像力と情熱をもって書かれている” 「ドイツ音楽協会音楽通信」より
以後ホフマイスターはモーツァルトの数々の名曲を世に送り出し、モーツァルトの音楽家生活を陰に日向に支えていった。


弦楽四重奏曲 第20番 二長調 K.499
「ホフマイスター」 第1楽章より
演奏 アルバン・ベルク四重奏団
[PR]
by yoshi_miracle | 2006-09-18 19:23 | モーツァルト

ジャカン家との親交

9月14日(木)の「毎日モーツァルト」

ピアノ三重奏曲 ト長調 K.496 1786年 モーツァルト30歳の時の作品

ゲストは西村由紀江(ピアニスト)
「モーツァルトってよく言われているのは、自分の頭の中でメロディーが奏でられているのに手が追いつかなかったという話がよくありますよね。だからもう頭の中でどんどんどんどんメロディーがそれこそ泉の様に湧いてきて書きたいんだけど、書きたいンだけどそれこそもう間に合わないっていうぐらい、その意味では彼は本当に楽しみながら、どんどん書いていった人だろうと思う。それを弾く方としては、じゃぁ、彼と同じくらい楽しめるかというとそうでは無いわけで、そこは弾く方としては緊張はしますし、それなりの練習も必要ですし。
『ピアノ三重奏曲 ト長調』
貴族の方とかは、家族でコンサートを開いたりとかしてたわけですから、お父さんがヴァイオリンを弾いて、誰かがチェロを弾いて、ピアノを弾いてとか、チェンバロを弾いてとか、そういう合奏の楽しみみたいなものが伝わってくる曲ですよね。だから曲としてこういうメロディーが素晴らしいとかっていうよりも、その三重奏みんなが、こう顔を一緒に見合わせながら、さあ弾くよていう、なんか、そういう温かみが感じられる曲だと思います」

1786年モーツァルトはある家族と親交を温めていた。オランダ出身の植物学者ニコラウス・フォン・ジャカン とその子供達。
長男ゴットフリートは声楽をたしなみ、モーツァルトと無二の親友となった。妹のフランツィスカはピアノの教え子だった。
ジャカン家の人々としばし演奏会を開き、心和むひと時を過ごしたモーツァルト。楽譜の合間に言葉を添えてジャカン家に贈った。“真の誠実な友をどうか決して忘れないで”
ジャカン家の人々との心おきない付き合いから一つの名曲が生まれた。

演奏 
ピアノ三重奏曲 ト長調 K.496 第1楽章より
 ピアノ      クラウス・クリスティアン・シュースタン
 ヴァイオリン  ボリス・クッシュニール
 チェロ      マルティン・ホルンシュタイン

この曲はフランツィスカの為に書かれたと言われる。
[PR]
by yoshi_miracle | 2006-09-18 17:37 | モーツァルト

9月12日の「毎日モーツァルト」

9月12日(火)の「毎日モーツァルト」

ピアノ四重奏曲 変ホ長調 K.493

ゲストは徳永二男(ヴァイオリニスト)
「『ピアノ四重奏曲の醍醐味』--
四人が本当の一つの音色になる、これは凄く時間がかかる。何年も時間がかかるんですよね。だからそういうプロ、カルテットプレーヤーになるには大変な時間がかかりますよね。だけどピアノが入ることによって、ピアノに助けられるっていう部分もありますし、ピアノが主役の部分もあります。皆がピアノに寄り掛かれるというのがあるんですね。だからより本人達が楽しめる、というのは変ですけど、本当により音楽を楽しんじゃおうじゃないかという部分がピアノカルテットの方がありますね。
『ピアノ四重奏曲 変ホ長調』
演奏する方の自由度、それぞれの自由度というと、それもあると思いますね。この曲ではかなりきちっと書かれている。こだわりと言いますかね。今までのモーツァルトがずっと培ってきたものからしてですね、少し方向を自分で変えようとしているところがあったんじゃないかと思います」

演奏
ピアノ四重奏曲 変ホ長調 K.493 第1楽章より
 ピアノ  アルフレート・ブレーデル
 アルバン・ベルク四重奏団員
[PR]
by yoshi_miracle | 2006-09-17 22:35 | モーツァルト

夢の大切さ後輩に 女子十二楽坊共演の宮城君 琉球新報

以前テレビ番組「学校へ行こう MAX」で女子十二楽坊と夢の共演を果たした宮城君が高校で講話をしたというニュースが掲載されていた。
今はもう大学生になったのですね。
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-17048-storytopic-5.html
孫媛さんから貰った横笛を大切にしているかな。

http://www.tbs.co.jp/program/gakkousp_20050920.html

http://www.tbs.co.jp/program/gakkousp_20060117.html


ところで、前に放送されたテレビ番組「学校へ行こう MAX」でV6の岡田君に教えていた先生、成さんの代行として揚琴を指導した方(娘さんらしい)のBLOGを発見。
http://erhu11.exblog.jp/208593/
[PR]
by yoshi_miracle | 2006-09-15 20:45 | 女子十二楽坊資料

9月6~8日放送の「毎日モーツァルト」

9月6日(水)の「毎日モーツァルト」

ホルン協奏曲 第3番 変ホ長調 K.447

ゲストは山本真(ホルン奏者)
「ホルンはやっぱり音色的に穏やかですから、聴いてても疲れないし、心が癒されるというか、そういう意味じゃ全曲通して聴いてても、何回聴いても、ずっと聴いても厭きないというか、そういう精神衛生上いいかも知れないですね。
『第3番の聴きどころ』--
僕はやはり2楽章が好きですね。2楽章はやっぱり本当にメロディーを綺麗に歌うということが必要なんですけど、でもいちばん吹いていて心が落ち着くというか、吹いて良かったなという感じです」

演奏
ホルン協奏曲 第3番 変ホ長調 K.447 第2、3楽章より
 ホルン   ラドヴァン・ヴラトコヴィッチ
 指揮    ジェフリー・テイト
 管弦楽  イギリス室内管弦楽団


9月7日(木)の「毎日モーツァルト」

ピアノのためのロンド ニ長調 K.485

ゲストは西村由紀江(ピアニスト)
「モーツァルトのメロディーってね、ポップスぽいんですよね。で、クラシックの曲っていうのは、私も自分で曲を作るようになってから改めて解ったんですけども、クラシックの曲って割とずっとフレーズが途切れずに流れる場合があるんですね。で、ピアノなんていうのは息継ぎをする必要は無いですから、ペダルでずっーと繋げながら指で紡いでいくというような。でもモーツァルトの曲はアイネ・クライネ・ナハトムジークもですし、有名なものっていうのは全部息継ぎができて、いわゆる歌メロ、ポップスだと思うんですよね。それがすごく聴く人にストンと心に入っていくんじゃないかなと思います。
『ロンド ニ長調について』--
頭のメロディーが韻を踏んでいて、(弾く)これで一フレーズ、次が、(弾く)これで一対になっている。これは今でも私達が口ずさめるし、このままポップスになってもいいっていう、だからこの曲には明るさ、爽やかさとかそういうもの以上に彼のポップスセンスを感じる曲だと思います」

演奏
ピアノのためのロンド ニ長調 K.485
 ピアノ ラルス・フォークト


9月8日(金)の「毎日モーツァルト」

オペラ「フィガロの結婚」K.492 1786年 モーツァルト30歳の時の作品

ゲストは涼風真世(女優)
「実は母がですね、クラシックが大好きで、私がお腹の中にいる頃からモーツァルトを聴かせていたんですよ。それで私には姉がいるんですけれども、姉もその影響なのか音大の方に進みまして、今はピアノの先生をしたりしていますので、いつも私が子供の頃、家の中にはクラシックがかかっていて、モーツァルトの曲がかかっていたんですね。姉がいつもグランドピアノで弾いているモーツァルトの曲やフィガロの歌を歌っていたので、そういう関係で私もこの道に進んだと言えるのかも知れないですね。
『♪ケルビーノのアリア「僕どうなっちゃったんだろう」』--
この曲は私も音楽学校時代に覚えて試験で歌った記憶があるんです。
モーツァルトのオペラというのは、もちろん歌詞に曲がついているんですが、そうではなくて音符の一音一音に、その歌詞の感情や、悲しみや、苦しみや、喜びや、愛が一音一音に乗って、それがメロディーになってお客様に伝わっているような気がするんですね」

演奏
オペラ「フィガロの結婚」K.492 第1楽章
カヴァティーナ(アリア)「殿様、もし踊りたいんでしたら」
 バリトン トマス・アレン
 指揮 リッカルド・ムーティ
 演奏 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

二重唱「どうぞお先に」
 ソプラノ キャスリーン・バトル
       マリアナ・ニコレスコ

アリア「僕どうなっちゃったんだろう」
 メゾ・ソプラノ アン・マレイ
[PR]
by yoshi_miracle | 2006-09-15 20:30 | モーツァルト