「詹麗君は優雅にグリーンに身を置いて 中国民族音楽 女子十二楽坊の詹麗君」

http://sports.sina.com.cn/golf/2006-03-28/09432127922.shtml
訳してみました。(以前資料館に投稿したもの)

 「長い髪が、優しく穏やかな詹麗君の背後に滝が流れる様に垂れ、ツバメの声の様なか細い言葉で、ゆっくりと詳しく語る。彼女の生活そして彼女の喜び。
 詹麗君の父母は普通の労働者であり、母方のおじ一人だけが小学校教師である。おじが琵琶を弾き、二胡を弾きだす時はいつも詹麗君は喜んで傍で黙って聴いていた。父母は娘がこれに興味を持っていることを発見してから、彼女に琴芸を一心不乱に学ばせ始めた。詹麗君は大変速やかに弾奏の基本技法をマスターした。彼女にとっては、琴の音の中で成長するのは一種の楽しみである。やがて後、彼女の腕前は周囲の隣近所の人達の称賛を博する。
 ある日テレビでちょうど中央音楽学院挙行の国旗掲揚式を放送しており、美しいシーン、きちんとしている服装に、詹麗君の胸はどきどきし心が動かされた。当時彼女の心の中では、常に2つの都市に憧れていた--北京と上海である。中央音楽学院のこの画面は、この時から彼女の運命を変えた。彼女は必ず北京へ行って音楽を勉強しようという志を立てた。
 10歳の時、詹麗君は試験を受けに北京に来た。この時から彼女が生まれ育った故郷を離れ、一人で北京でさすらい歩くことを始めることになるとは試験中は思いもしなかった。彼女のあどけない心の中に、父母が汽車に乗り彼女の元から離れて行く一瞬が残っている。短期間の深い悲しみがあったけれども、この悲しみは速やかに北京の多彩なキャンパス生活で薄められた。
 みんな子供なので先生達は大変厳格に躾けた。土曜日の午後になってやっと外出して活動できる。この半日は詹麗君にとっては、まるで囚人が屋外で一定時間解放される感じであった。北京に来たばかりの3年は、詹麗君はまさに遊んでばかりいる子供のようであった。思いがけなくおもちゃでいっぱいの店を発見し、心の中は好奇と幻想でいっぱいだった。楽器の技能の学習は一時だらしなくなった。あの時間内に、毎日楽器を弾くことは全く味気ないと彼女は感じた。そして音楽も美しくない。彼女はちっとも好きではなかった。でも幸運な彼女は3年後に一人の非常に辛抱強い先生に出会った。この先生は詹麗君の状態に気付いた後、直ちに彼女に対して厳格に要求した。彼女の積極性を引き出し、彼女を奮い立たせた。ゆっくりとこの先生の関心と加護のもとで、詹麗君は再び音楽を学ぶことへの興味に燃えていた。彼女は一つの道理が分かった。音楽家は生まれて来るとすぐになれるのではなく、一つ一つの小さな事をやり終えた後に、やっと次第にみんなに認められる。一つ一つの小さな事からやっていき、一歩一歩一つ一つの目標を実現してこそ、はじめて最終業績を上げることができる。でなければ、天分があっても役にも立たない。
 女子十二楽坊に入った後、よその場所へ公演に行く以外は詹麗君は一人で街をぶらぶらしているのが好きである。清潔な大通りの傍らで公園の長いベンチに腰をかけて、身の回りで忙しい人の群れをちょっと見る。もしかしたら目の前に一組の普通の地方の夫妻が歩いて通り過ぎるかも知れない。身なりはぼろぼろであるけれども、お互い支え合い、楽しみと心の傷を分かち合っている。彼らは幸福なのだと彼女は思う。気分がよくない時に、詹麗君はすぐちょっと歩きに出掛けて行き、目の前の木立を見てみる。蕾のままで咲くのを待っている花を見てみる。
 女子十二楽坊の統括者王晓京はいつも楽坊の若い女性達を連れてゴルフに行く。見渡す限り清浄な青空の下、広大な新緑と静かな水面が取り巻く中に身を置いて、軽く腕をスイングする。銀色のクラブは待ちに待った小さな球を遠方へ送り届ける。ゆっくりと起伏した丘が見守る下、金色の日光の中、なにもかも柔らかで美しく人を憧れさせ、心酔させる。ゴルフは一種の非常に優雅なスポーツだと詹麗君は思うのだ」
[PR]
by yoshi_miracle | 2007-02-03 09:02 | 女子十二楽坊資料
<< 詹麗君 資料 「CHAI 20... 詹麗君(ジャン・リーチュン) 資料2 >>