プラハの喝采

9月20日(水)の「毎日モーツァルト」

交響曲第38番 ニ長調 「プラハ」 K.504 1786年 モーツァルト 30歳の時の作品

ゲストは羽田健太郎(ピアニスト、作曲家)
「モーツァルトについて--
モーツァルトの場合は泉の水が溢れるが如く、次から次へと彼の頭の中にというか心の中にフレーズが生まれて来たんですね。私なんかは新しい曲を書こうと思うと捻り鉢巻き、もう本当に産みの苦しみっていうか、うんうん唸ってメロディーを作り出すんですけども、モーツァルトはもう考えるその瞬間瞬間に色んなフレーズが出て来て、楽譜に書き留めるだけが作曲、彼の作業だったと思うんですね。
『交響曲第38番について』
1楽章がしっかり食べる朝ごはん、2楽章は麺類で済ますお昼。3楽章がしっかりディナーになっちゃってるからプラハの場合は。ディナーの後に夜食ってっていうと too much 栄養過多になっちゃう。だから(1楽章は)しっかりした朝ごはん、しっかり食べる一日の始まりの朝ごはん。2楽章は麺類。そこにメヌエットのような3時のおやつがあると、やはり一日終わって、仕事が終わって今日は一杯飲みながらディナーだっていう第4楽章が来るんですけど、プラハの場合にはおやつが無くて、3時のところで早夕飯になっちゃってるから。でもそれで夜中になってもお腹が減るっていうことが無いですね。このプラハを聴いている限りではね。充実した3食」

1787年1月 プラハを訪れていたモーツァルト。自ら指揮したオペラ「フィガロの結婚」で大喝采を受けた。それに先立ちモーツァルトはプラハの人々の為に一つの演奏会を催した。1月19日プラハの国立劇場(スタボフスケー劇場)演奏会当日、会場は多くのプラハ市民で埋め尽くされた。モーツァルアトはプラハの人々を前にある交響曲を披露したという。その曲は後に「プラハ」と呼ばれ広く親しまれることになる。

演奏
交響曲第38番 ニ長調 「プラハ」 K.504 第2楽章より 及び 第3楽章
 指揮 ジェフリー・テイト
 演奏 イギリス室内管弦楽団

モーツァルトはプラハの人々からの絶大な賛辞を受けた。演奏会にはプラハでかつてないほどの聴衆が押しかけた。モーツァルト自ら指揮をした。
交響曲第38番はこの演奏会で初演されたといわれる。第3楽章では管弦楽の織り成す高らかで軽快な演奏が繰り広げられる。演奏会ではモーツァルト自らフォルテピアノの演奏も披露した。聴衆からの熱狂的な拍手に応えるモーツァルト。
突然客席から大きな声が響いた。それはオペラ「フィガロの結婚」の曲をリクエストするものだった。モーツァルトはそれに応え、アリア「もう飛ぶまいぞ この蝶々」の変奏曲を即興で演奏した。30分にも及んだという即興演奏にプラハの聴衆は酔いしれた。
“モーツァルト氏は国立劇場でフォルテピアノによる演奏会催した。この偉大な芸術家に聴衆の心は完全に満たされた”  (1787年 1月23日付け 地元新聞)
この演奏会は即興的に大きな成功を収め、モーツァルトに大きな収入をもたらした。モーツァルトのプラハでの初めての演奏会は大喝采のうちに幕を閉じた。
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by yoshi_miracle | 2006-09-21 20:33 | モーツァルト
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